第1回・入門編:Quantum ESPRESSO で何を計算すれば「シリコン薄膜 × フェムト秒レーザー」を再現できるのか?
要約:この記事では、シリコン薄膜にフェムト秒レーザーを照射して穴を開けるシミュレーションを行うために、Quantum ESPRESSO(QE)で必要となる計算の種類と役割を整理します。「なぜこの計算が必要か」を理解することで、後続の DeepMD 学習や LAMMPS 実行の意味がつながります。
TL;DR:基礎構造 → 表面 → 欠陥 → 高温挙動。この順で QE のデータを揃えれば、レーザー照射のダイナミクスを DeepMD で学習し、LAMMPS によって原子レベルでの「穴あき」を再現できます。
目次
1. バルク計算 —— シリコンの「教科書的」基準
最初に必要なのは シリコン結晶(ダイヤモンド構造)のバルク計算です。
ここで得られる格子定数・エネルギー・力は 全ての基準点になります。
たとえば、レーザーで加熱する前の「健全なシリコン」の姿を定義する役割です。
2. 薄膜(スラブ)計算 —— 表面を作る
次に 薄膜(スラブ)構造を計算します。
レーザー照射は基本的に「表面現象」なので、周期境界の中にシリコン薄膜+真空層をつくり、表面の安定性や原子の動きやすさを評価します。
ここがなければ「穴が開く場所そのもの」がモデル化できません。
3. 欠陥・空孔計算 —— 穴のタネを仕込む
レーザーが当たった瞬間にすぐ原子が飛び出すわけではなく、欠陥や空孔が拡大していくことで穴が成長します。
そこで、シリコン結晶や薄膜に原子を抜いた状態を作り、「欠けたときの力学応答」を QE で計算しておきます。
4. 液体相(高温シリコン)計算 —— 溶ける過程
レーザーで数千 K に加熱されたシリコンは 一瞬で液体化します。
そのため、液体状態のシリコンを QE で分子動力学(MD)しておくことが重要です。
これにより「固体から液体へ移行する原子の動き」を学習データに反映できます。
5. 歪み(strain)計算 —— 引き延ばし・圧縮の効果
最後に strain(引張・圧縮)を加えた構造をシミュレーションします。
レーザー照射時は、熱膨張・衝撃波で結晶が大きく変形します。そのときのエネルギー・力学応答を知るために欠かせません。
6. これらがどう役立つか(DeepMD 学習との関係)
上記のデータはそのまま DeepMD の学習データになります。
- バルク → 正しい結晶を学習
- スラブ → 表面の安定性を学習
- 欠陥 → 穴の成長を学習
- 液体 → 高温挙動を学習
- 歪み → 非平衡応答を学習
こうして学習したポテンシャルを LAMMPS に渡せば、実際に 「シリコン薄膜にフェムト秒レーザーを照射すると穴があく」シーンを原子スケールでシミュレーションできるようになるのです。
まとめ:QE で計算すべきは「バルク・スラブ・欠陥・液体・歪み」。これらが揃って初めて、DeepMD が「未知の状況」にも破綻せずに追随できる学習を行えます。本番シミュレーションの迫力を裏付ける、いわば 下ごしらえです。
次回予告
次回は「シリコン結晶のバルク計算」を実際に A100×4 GPU サーバーで実行した結果をご紹介します。
CPU 環境との差を実測データで示しつつ、GPU 導入によって 研究速度がどれだけ短縮できるかを具体的にお伝えします。
さらに、H200 NVL サーバーへ切り替えた場合に見込まれる 投資対効果(ROI) も推定。
「なぜ今 GPU サーバーへの更新が必要なのか」を、数字で実感いただける内容です。